新年

新年明けまして、おめでとうございます。
本年もどうぞ、よろしくお願いします。



「しんねん」と入力し、変換しようとしたら、「深淵」と出た。
深淵・・・深い淵。奥深く、底知れないこと。

確かに、去年感じた今年のテーマに沿うかもしれない。
そう思った。

今まで、年末だ、新年だ、と飾り付けやおせちの用意とか
慌ただしくしていたのに、年々、その感覚が薄れてきてしまって、
今回の2015年から2016年にかけては特に強く感じた。

私だけでなく、家族の者たちもみな口々にそう言うので、
強く感じたのかもしれないが。
それって、今までの常識・・・とされていたものの枠組みが取っ払われてきた
ってことなんじゃないかとも思える。

「今まで」というものの存在が、過去へ昇華していってるのでは?
だから、それに伴い今年はなんだかお正月って感じがしないネェ・・・。
ってなっちゃうんだろうなと、一人で納得してた。

去年、友人の一人の偉大な言葉の中で「外へ向かうのではなく、内へ向かう」
というような言葉を賜ったのだが、それが実感を伴ってきている。

深淵という打ち間違いから、
自分の外から中への探求が始まっていることを知る。

こんなにも、自分の意識が変わるものなのだなと思う。

以前には思いもしなかったこと。


深淵に向かって、向かっていつしか反転するのだろうか?
反転した先は、外。
また、外から内へと延々と続くような気がする。



今朝見た夢は、長年、親しくしてきた友人が困っているという設定だった。
困ったことをほんの少し、私が力を貸そうと動き出していて、
どこかの競技場のような、
人が座れるような高さと広さの階段が何段もあって、
下を見るとぬかるんだ干潟のような運動場のような場所があった。

そこに降り立ち、テントのような喫茶店のような場所で何やら友人と話をしていた。
友人は、最後に会った時と変わらぬニコニコ顔であったが・・・。

手を貸そうとしても、結局、泥沼に陥るってことなんだろうなあ。



場面変わり、私は観客であるような感覚で、引いて見るとぬいぐるみのような
モフモフの何かが下の方にいる。

白いモフモフのカバのお母さん。
そこへ子供が天から産まれいづるのだが、その姿かたちは人間で
どうしたら、自分はカバのお母さんのところ(この場合は意識ということらしい)へ
行けるのだろうかと、悩んでいた。

周りは空へも続くかのような書庫で、たくさんのハードカバーの本棚に囲まれている。
一つのはしごの一つに私の体は近寄っているが、実際に梯子に足をかけているわけでなく、
浮遊していて、自由であるという感じ。

カバのお母さんからしたら人間の形は異形だし、今までという母胎は
古きもので、産まれいずる子供は新しき存在なんだな~。

新しき年の幕開けってことかな~。




などと思った新年2日目のことでした。



皆さま、今年もトンデモなお付き合いをよろしくお願いします。





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