今年も一年・・・

今年も一年、皆さん、ブログにお越しくださって、ありがとうございました。

伝えたいこと、見てほしいこと、感じてほしいことといった
私発信のことも多々ありましたが、なにより、私自身がこのブログで
記事を書くことを、楽しむことや、肩ひじ張らずにできたのも
大きな収穫でした。

人が気づく・・・というものは、そのタイミングや環境が整っていても
素直でないと、発信されている物をキャッチできないのだな・・・と
痛感する一年でした。

実生活でも変動の一年であり、来年にかけてもこの変動は続き、
いずれ迎える一つの終結を見守るということが引き続き私の中での
課題として、すでに用意されているのです。

トンデモ的にも、今年は自分の中での枷が外れたというか、
足枷のカギがカチャリと外されたのでした。
外れた足枷から足を抜き、一歩踏み出す時の畏れや、不安は
深く心に響きましたが、緩やかにその状況を受け入れていくとともに
自分というものを受け入れることができたのではないかと思っています。

畏れというものは、実はいつもそこにあって、特別に悪しきものではなく
それも私の中の細胞の中に組み込まれている物でもあるように感じています。

世間でいう美しいもの、煌めく輝かしいモノだけが聖なるものでなく、
見たくもないおぞましいほどの自分の中に潜む、ネガティブなモノ、
嫉み、ひがみ、畏れ、恐怖・・・全てを持ち合わせているのが
人の本来の姿なんだと思うのです。

今年、スターウォーズが上映されて、再び、ダースベーダーが
クローズアップされています。
今なぜ、ダースベーダーなのか?
悪しき存在としてのダースベーダーなのか?

黒のマントを翻し、かっこよく遠くを指差す彼の姿が目に浮かびます。
おまえの目指すところは、ここではない、あの彼方だ、と。

あちこちで、彼の姿を目にします。
映画の中の主人公の姿は、特にクローズアップされず、
彼や彼の手下たち、正義側とされる金色のロボットなどが
キャラクターとして、手にしやすい商品化されています。

主人公は、ただの殻なのです。

脇役としての正義、悪のキャラクターが
ひとりひとりの主人公の中で、活動をしてるのです。

いまこそ、己としての悪しき姿を迎え入れる時期なのだと思います。

自分が見たくなかった矮小な心、恐怖心を受け入れて、
ハートで融合したいと思うようになりました。

それが、来年の私のテーマのような気がします。
皆さんの来年のテーマは,いったいなんでしょうか?




今年一年、本当に、ありがとうございました。
また、来年もよろしくお願いします。


ゆずか




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