新月と台風

久しぶりに地元を直撃した今回の台風11号さん。
その名前は、マレーシアの果物の名前、Nangka。

台風は浄化をするとかしないとか聞くけれど、
今回のは私にとって、ちょー痛くてでっかい浄化だった。

これは、直撃前々日の15日、仕事帰りの駅からとった空模様。

台風前日150709_1738-03


直線的な雲が北北東方面に伸びていた。
交差するかのような線上の雲と、鮮やかな夕焼けで、
不思議さと妖しくも美しい空だった。

最近、空ばっかり眺めては、パシャパシャ写真を撮っている
変人化している私である。


台風来るって言ってたけど来ないなあと思っていた前日。
しかし、だいぶ、暴風圏内に入ってきたので風が凄まじかった。

翌日の16日は新月であり、こりゃあこの台風は浄化そのもんやなあ・・・
なんてトンデモ的に思ってた。


当日は、早めに家を出たが、駅に着くとやっぱりJRは止まってしまっていた。
次列車を示す電光掲示板は照明が落とされ、運転見合わせすら表示されていない。
その場にいた大勢の人は殺気立っていて、勇ましいヤカラ氏が
「JR職員全員○すぞ!」と、空しい叫びをあげてらした。

幸い、私鉄は動いていたので、少し離れた私鉄へ移動。
混雑はしていたが、ホームで待っているとほどなく電車は来た。

職場近くで、途中から院長の車に積んでもらって無事、職場に到着。

ここからこんな緊急時に見られる人間模様がスタート。

私の職場は、複合施設の中にあって、スポーツクラブと同じフロアを有する。
なので、会員さん、クラブスタッフさんの動向がよく見れる。

台風というと雨風が強くて、傘をさすのも大変なくらい。
足元も濡れて、筋力の衰えた人だと転倒も想定される。
・・・なのに、危険を冒してまでもくる老人の凄まじさは、あきれるものがある。

そして、一人の老人がオープンしたと同時に、フロントスタッフにどなる。
「今日、営業をやっているかどうかの問い合わせの電話をしたのに
営業時間の案内のアナウンスばっかりで、いったいどうなっているのだ?
(電話が繋がるようになる時間までは、アナウンスを解除してはいけないという
クラブ側の指示に沿ったまでなのだが・・・。)
友達に聞いたら『今日は行かない』という人ばっかりだった。
こっちはお金を払って電話をかけて、営業時間のアナウンスを聞きたいわけでない」

と、いう内容を下品な言葉で、まくしたてていた。

私の感想は、「こんな台風直撃のさなか、身の危険を感じ取り、
自宅待機が望ましいと通常の人の判断はされるはずなのに
この老人たちのリミッターは尋常じゃないのか?」でございます。


自分の楽しみのために、毎日の同じ行動のためだけに
日常と違うことを許さない人々の多さは、嘆かわしいものである。

他には、インストラクターさんがJR不通のため、私鉄や色んなものを駆使して、
来る努力をしているにも関わらず、レッスン開始時間に間に合わなくて、
止む追えず休講になった場合でも、会員さんは
「え~!せっかく(台風の中)来たのにぃ~」と
不平を言っていた。君たちは近隣住人だろうが・・・。

なんやろう、日本人の異常さを感じえずにはいられなかった。



私はというと、長年の友達とこの半年ほどの間に、
互いの考え方の相違の開きに、違和感を強く感じていて、
ちょうど、台風直撃前日に話が自然とそのことについて話すことになり、
疎遠が決定的となった。

そんな話をして、なんだかな~とやり切れぬ思いで
台風に備えてベランダにある金属製物干し竿を床におろそうと
握った瞬間に、「ザクッ」と指を切ってしまった。

うっそー!
ぎゃー!血がボタボタでてきたー!!
水!水!流水で傷口を洗う!
いたたたたーー!!

ええと…次はどうすりゃいいんだーーー!?
と軽くパニりましたが、すぐに傷パワーなんちゃらという
すぐれた傷テープを貼ったおかげで、数日たった今日は
殆ど痛みもなく、良好な回復を見せている。

それとも身体が変化して傷の治りが早いのか?w
なんて、ウルバリンを彷彿してニヤリとしている私である。

なんにしても人との縁が切れた(手が切れた)こと、
色んな人の思いが噴出し、表面化したこと、
気圧や自然の環境が台風という形をとり、一変したことから考えて、
やはりこの台風11号Nangkaさんは、浄化の役目だったかと思う。

表面化するということは、今までの溜めこんでいたものが
解放されるという意味でもあろう。

これも愛から派生する浄化の一つであると思う。
表面上は苦しかったり、辛かったりするから、一般的な愛のようには
見えないだろうけれど、深く深いところでは愛に繋がると思っている。


余談だが、Nangkaというフルーツは、実として育つ時に2本の蕾ができるそうだ。
開花のタイミングをずらして咲き、兄弟が仲良く育ち始めるが、
最初に大きくなった兄の方が、育ちきる前に動物などの捕食や、
災害などで実が落ちた場合、弟の方がグングン成長していくらしい。

もし、兄が先に成熟してしまうと、弟はその命を絶ち、枯れていくそうだ。
何を優先するかというと種の保存なのだそうだ。

守るもののため、自分を犠牲にするという表現でなく、そのもののために
自分の身を呈する愛の表現だと私は思う。




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