感情

春分の日から、明暗を分ける光が降り注ぐ・・・と、
『アセンション』というブログから情報を得た。

その日は、ネガティブ感情に押し流されてはいけない。
ゆったりと構え、力まない。

そう、そのブログでは書かれていた。

そのようにしようと心構えていたのだけれど、なかなかに
試練のように、目まぐるしくその日一日、ネガティブな同僚の行動が
次々、目に付く。

それ、やっちゃだめだろー!
仕事に差し支えるやろー!
そんな思いで、いっぱいになる。

こんなにもやもやと、同僚に対して思うには
・なぜ、そう思うのか
・思ったこと、感情、心の動き方を観察
・その観察したものの分析・これは自分の我なのか

など、分析してみると自分が独自で発生させている感情だったり
日ごろのこの同僚に対しての思いの積み重ねだったり
正義の精神だったり、色々、ミックスされていた。

それらがあって感情が動いてしまう。

ならば動かないようにするにはどうするべきか?
と、一人問答が自然と始まった。
イラッとした感情をぎゅむーっと押し殺しちゃう?
そんなことをしたら、ストレスたまるばっかりじゃん。
でも、同僚の行動見てもなんとも思わなくなるかもよ?
いや~、どうやろ

感情って押し殺すもんじゃないべ?
人間なんだから、喜怒哀楽あって然るべきでしょ?
だよね~?

ってコトで落ち着いてきた。

ある程度、感情が動かなくなってきてはいるものの
ここまで来るには、何度も何度も感情が動いては、気持ちが堕ちたり
上がってきてはそれを観察し、分析の繰り返しで、学んだ貴重な経験だった。

経験と分析・観察を情報として、何かあった時にその情報をストックから
引き出すことで、感情を荒立てないように心がける・・・ってとこかな~。

動揺しないで、冷静に物事を判断する意識は必要だけど
人としての大事な感情を殺して、目をつぶってしまい
大事なことを見逃してしまっては、意味がないように思える。

カチンときて、腹が立つけど
それには相手と自分との価値観の相違のものだろうし
それだからこそ、自分の考え方や見方の再発見にもなるでしょう。

自分が正しいと無意識に人は思っているものだから
それを反省するにも、感情というアンテナがいると思う。

綺麗なものを見て、綺麗だと思える心。
可愛らしい、愛しいものを見て、愛を感じる心。
偉大なものを見て、畏敬の念を感じる心。
この世に生み出してくれたからこそ、色々とモノを見、触れて
体験し、感動できるようにしてくれた親に感謝する気持ち。

親に感謝する気持ちを忘れて、あんな親なんて最低だとか
うざいとかいう人の言葉を聞いたことがあるが
今、その言葉を発信できるもの、あの世にいてはできないじゃね?と思う。



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