解放②

博物館でエジプトの展示品を見終わった私は
常設展示コーナーへ足を踏み入れた。

前回は、苦手なものがずらずらと並んでいたので
あまり気持ちいいものではなかったが
なぜか、またそこへ足が向かった。

その常設展示品は、神戸市の遺跡の一部や年表を展示している。

また、気持ち悪くなるんじゃないだろうか?
と、不安な気持ちを一瞬感じたが、足を踏み入れた。

目にしたのは前回同様の、前方後円墳の模型や、周りを囲む筒状塙
小ぶりのポニーサイズの馬の形の塙、各地の古墳群の航空写真など。

そのまま進んでいくと、年表があり、遡って見ていくと
どうも違和感がある。

縄文時代から石器時代にかけてを見ていると
ふと、(自分はもっと昔にいたよな~)という思いが浮かぶ。

浮かぶがままにし、先を進むと銅鐸がガラス張りのブースに展示されていた。
どれも国宝に指定されているものばかり。

10年ほど前に見た銅鐸は、荒削りという印象があった。
色もかなりくすんだ色だったし、今見たらそうでないかもしれないが
汚れや自分が合わないという感じで悪い印象だったような気がする。

それと違い繊細な銅鐸が整然と並んでいた。

一瞬、わっ銅鐸!?と以前、気分が悪くなったことを思い出したが
…なんともない。

しっかりと銅鐸の繊細な文様を見て回った。
それは美しく、他にも柄に見事な彫り物がされた長剣や
土器もあったが、どれも綺麗だった。

こんなに落ち着いた気持ちで、銅鐸や出土品に対峙できたことに
驚きと共に、過去のトラウマから完全でないにしろ
脱することができたのだと感じ、嬉しく思った。

この縛りがわかってから、プチ脱するまでの期間が早かった。
時間のスピードが加速しているのではないかとも思える。



ネットサーフィンで、偶然見つけた誰かの記事で、アセンションという言葉や
時間や次元が変わる、スピードが加速していると読んだような気がする。

全く別次元のこと、他人ごとだと思っていたが
鈍い私でさえ感じるこのスピード感。
益々、地球、宇宙全体がさらに加速しているのだろう。

そう考えると、自分の意識の方向性や今後
…今この瞬間から自分は、どう考え生きていけばいいのだろうか?
こんな思いが強く出る。

前世云々に思いを馳せると、その時の自分だったらどうしたかったのだろうか?
そんなことを思った。

その時々で色々な人に思ったことを伝えてきただろう。
しかし、その伝えた言葉に負い目を感じていたのではないだろうか?

自分の言葉に対して、現在の自分は本当にこれで良いのか?
という思いを常々、検証していることがある。

これは思考の癖というものでないかと思っている。
自信がないだけだよと、言われるかもしれないが
自信たっぷりの人の発言こそ、本当にそれが正しいと言えるのだろうか?
と思う時が・・・以前はあった。

でも、それはその人の感性だし、自分と見解の相違ということなのだろうなと
今では静かにそれを受け入れることができる。



その前世というものが本当にあったとして
この時代の私はどうしたかったのかと妄想してみた。

感性のままに言葉を連ねてきたが、振り返ると本当にこの言葉通りに
皆が信じてくれていることに、酔いしれることなく
常に責任を感じていたに違いない。

それはそれはとても重大な決断も任されていたかもしれない。

今の私がそういう重要なポストであれば、苦渋の決断だったろう。
プレッシャーに苛まれていたに違いない。

逃げたい!という衝動に駆られるだろうと思う。

そんな思いのまま、きっと一生を終えたに違いない。
こんな思いをするなら、発言なんてしたくないとネガティブに思ったかもしれない。

黙っていると、上手く言葉を相手に伝えることができない。
自分の思いを押し殺してしまう。

この人生の私は、小中と子供のころは大人しいダンマリの子だった。
どうもこの辺がその前世と思っている自分と重なるのだ。

それではいけないと今の私は思う。

だから、色んな人と話したり、アクセサリーを作ったりと
表現することに喜びを感じているのではないだろうか。

どんどん、自分のネガティブな思いを整理整頓して
変わっていきたい。

きちんと自分の言葉で、自分の思いを人にさえぎられることなく
伝えたいと心の底から思う。



トンデモ的に思うことがある。
前世の自分に対してだ。

肩をポンポンと叩いて
「よく頑張ったな、辛かったな。もう良いんだよ。」
そう伝えたいなと妄想した。

この妄想モードになっていた時
ちょうど、自宅のベランダへ出ようとしていた時だった。

さぁっと一陣の風が吹き

(風に学び 雨に学ぶ 我今何を思う)

この歌が浮かんだ。

色んな気持ちが込み上がってきた。
この自分が触れているすべてのものに対しての感謝の気持ちだった。

きっと前世の自分が言いたかったのは

(今、生きていて良かった。)

この言葉のように感じた。




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