決意④

さて、勉強会はいつやるのかと・・・。
その日は、宿坊に宿泊で、そこの広間での開催だった。

宿坊は外人さんも、一般的な観光客もいる。
そして、なによりお寺ですわ。
神聖な場所でもある。

そこに務める若い高校生くらいのお坊さんもたくさんいた。
外国人女性も剃髪して、そこで修行をしているようだった。


そこで、勉強会が始まったが・・・
・A4サイズ2枚のテキストに、フォントサイズ12ほどの大きな文字で
書かれた内容は、ほんの少しだった。余白も多く、文字数は少ない。
・興味深い部分は、ほんの少しで講師のドヤ話が多かった。

その勉強も1時間ほどあったけど、食事の時間が来たとかで終了。

食事は精進料理で、おいしくいただけました。
食後は、とっとと私とOさんは部屋へ戻った。Oさんはお風呂へ。
私は、この日は遠慮して部屋にいた。

食事の広間から離れた場所の部屋にいたが、ツアー客は飲めや歌えやで
どんちゃん騒ぎ。カラオケの設備は当然ないのに、アカペラでやり続ける。

ここは宿坊ですぞ・・・。


モラルとかマナーとか
周りのことを考えるとか、一切ないのかな。
こうなるとやりたい放題もいいところです。

この騒ぎが夜中まで続いていた。
もう、この勉強会とは縁がないな…と思った。


講師とそれを持ちあげるツアー客。
そして、それに便乗している講師はもはや教祖様。

自分より知識があったり、力がある人を特別視してしまったからのことだろう。
私も、過去に、判断力があって、発言力のある人を「すごいひとだ!」と
教祖様としてしまった感もなきにしもあらずだ。

そこに乗っかるのも、乗っからないのもその人自身だし
教祖様に祀り上げるのも、そうでないのも周りや自分自身だし
どうあればいいのかと日々、考えて客観視するしかないのだろうなと
この旅を終えて思っている。

私としてはこの勉強会は、日本人として大切な心を学ぶものだと思っていた。

少し専門知識があるから、知らずのうちに
特別意識を持ってしまっていたのかもしれない。

講師も、ツアー客ご一行も
また、私も同じだと思う。

言葉で「特別意識を持ってはいけない」というのは易し
気づくのは、とても難し。

この勉強会と、私の関わる世界がとてもとても相似していると
痛感していた。

会社であれ、学校であれ、どこかの団体であれ
ネットであれ、相似していることだと思う。


本当に学ぶべきことは、心の奥底で知っている。
日本人ならDNAでわかっている。隠された文学などは、閉鎖的であるが故に
一種の宗教化してしまうかもしれない。
これを恐れた過去の偉人たちは、多くの人に流さないように
必死で守ってきたはずなのに、この勉強会の人たちは
すっかり忘れてしまったかのようだ。

こうなってしまっては、残念だけれど消滅してしまうだろう。
どこかで、真摯に勉強を続けて、守り続けてくれる人たちがいることを願います。

私たち日本人が本当に大切にしなくていけないものが何なのか?
お金に変えることができない、大切なもの。

ビジネスや換金してはいけないものなのだと私は言いたい。
そうすると大切なものを失ってしまうから。

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