問題集

「改めて~『自分は何にもわかっちゃない』と知る~」

この言葉は私の中で何年も循環していて
一定間隔でふっと目の前に浮かんでた。

その時その時で考え方のレベルが違うので
ミに染み込む率が違うんだろうな。


先日、ぐれんで販売中の問題集を購入してから、長いこと考えて
やっと提出したら、半時間もかからないくらい即効で添削が返ってきた!

やっぱり何にもわかっちゃいない。

添削を見て自分の中では感情的には大打撃はなかったけど
ジワジワと響くボディーブローのように効いてきた。
ボディーブローは受けたことないけど、聞くにはこんな感じなのかと。

自分の答えと添削を照らし合わせていたら
鳩尾辺りが苦しい。うう~と唸ってた。

会社で小難しく書いてある上司の回りくどい文書を
読むときの頭を使う感じではない。

どうやら腹の中でう~むと何かが唸っている。
腹で考える。と、相似象でいうところの「ミ」に落ちるのかもしれない。

チャクラでいうと胃や鳩尾辺りは第三チャクラの太陽神経叢がある場所。
胃は、口から取り込んだものを消化し、栄養を吸収する小腸や
大腸へ送る働きがあると学校で習った。
そのことから考えると、頭で考える部類のものではなくて
心で考えるものは、ここ、胃の辺りでよくよく考え、咀嚼し(考え)、消化液を出し
(分析)吸収(身に付く)しやすくするものなんじゃないかと思う。

心でキャッチしたものが、くるくると回りながら鳩尾辺りに落ち
そこで協議されるようなイメージがある。協議というか分析開始かもしれない。

その分析が完全にできなければ、本当の意味での理解が成されない。

ただ、人間は喉元を過ぎれば忘れる動物だという。

ここは、牛の胃のように情報を何度も反芻し
何度も咀嚼して、自分の栄養としなければ身につくこともなく
忘却という排泄行為になっていくわけである。

忘れないように、一生、この問題集は
繰り返し繰り返し本当の意味で悟れるまで見返さねばならないと思う。



添削で
◆それも言えます。
「それも」ということは他にもあるということだ。
他にはどういうことがあるだろうか・・・?と寝ても覚めても仕事中も考える。
特に今の仕事の慣れている入力作業をして、手を動かしている時に
なんとなく物事が浮かんで、考えている。

◆後半部分が当たっています。
前半が意味の解釈が違うということで、考え直したら問題の文相の中に
ヒントがあったと、翌日気がついたという「もう少し考えればよかったね」と
いうことがあった。

◆必要なことを書かず不必要な言葉を書いている傾向が有ります
確かに、ブログの記事を書く時も本筋から離れることもあり
何度も書き直すことがよくある。
よく友人や職場で話をして勢いだけで話しているとオチがない時がある。
「で?」って自分で突っ込み、何が言いたかったか忘れる時がある。
これは若年性アルツかもしれないが、この考えなしの勢いという行動は
控えようと気をつけている。

問題集を解くことによって考えるきっかけができ
また、添削をもらったことで考えることができる。

そして、自分の癖がこうだったのだと気付かされる。
まだまだ、わかっちゃいない部分がありすぎるので
ほんの少しでも見えたってことはありがたい。


これがなかったら、ほんとにボケーっと時間だけが過ぎ去って
気が付いたら、50の坂道を転落しているかもしれなかった。

今からでも遅くないし、始めるには遅いということは何もないなと
改めて相似象を読み返している。

何故だか理由はわからないが、どんどん文章に引き込まれていくのだ。
何度読んでも新鮮な感動を覚える相似象。

昨日よりは一歩でも明るい未来に踏み出せるように踏ん張っていこうと思う。


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