マーキュリー

マーキュリー という石のコト


マーキュリー

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和名「水銀」
マーキュリーは、天然に液体として産する唯一の金属元素で、常温では
小滴となっていますが、-39℃で初めて固化して菱面体に結晶します。

火道の周辺でシンナバーの中に生成します。

比較的産出の稀な鉱物ですが、北海道のイトムカ鉱山では粒状安山岩中の
割れ目に含辰砂水銀石英脈をなし、その晶洞には、辰砂が小さく結晶して
水銀が付着していることもあります。

色は、淡い銀白色で、条痕は生じません。

不透明で金属光沢を持ちます。
へき開、断口ともありません。

名称は、この鉱物が個体、液体、気体と姿をかえることにちなんで
同じく変幻自在に天上界、地上界、地下界を往来することができると
されたローマ神話上の神の名Marcuriusに由来します。


『アラビア鉱物書』やテオフラストスは、キュトス・アルギュロスと呼んで
その葉がしい性質を認識し、特にシンナバーの薬効が注目されるように
なるとディオスオコリデスはヒュドラルギュロスと表して、様々な
効能を述べています。

また、パレケルススはこの水銀と硫黄、塩を指して三原質とし
「万物はこの三原質を基にして成り立つ」と記述しています。

病害虫を退治して豊饒を約束する大地をもたらすとされ、財運、金運も
高める力があると言われています。

古くは消毒作用が認められるとされ、他には止血や膿泡の治療薬として
使われていたそうです。

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*何章目*

たまたま、ようつべでウルフルズの曲を聞いた。

懐かしのガッツだぜ!とかそれが答えだ!とか。

聞いたことない曲もアップされていて、その中の一つのこれ。
「僕の人生の今は何章目くらいだろう」にとても惹かれた。

♪気持ちいい風を魂に吹かす
 今はどのあたりだろう
 どの辺まで来ただろう

 僕の人生の今は何章目くらいだろう♪


この曲を聴きながら、ああ、私の人生は今どのあたりだろうと思った

人生というのは、今のゆずかという人生のことではなく
魂単位で見た場合の、あたしの存在は今はどの部分なのかなあと思ってた。


いつのころだったか覚えていないのだけど
「魂はすべてひとつになる」という言葉をスピ系の本で初めてその言葉を知った。

正直、なんのこっちゃ?でした。

今まで生きてきた人生で知っている情報は、死んだらお墓に入り、それから天国か地獄か
どっちかに行くもんであるとなんとなく聞いて覚えていたことからしたら
異常なことですから。

人間は別々のもんやし、魂はその人間だけのものである。
一つな訳ないや~ん って。

 ○  ○  ○  

そんなこと思っている反面、小学生の頃全く別次元の情報を得ていた。
当時、貸本屋さんというものが近所にあってそこに足しげく通い、色んなマンガを読んでいた。
勉強は二の次で、将来は漫画家になるんや!って小学生のころは考えてた。

読んできた数々のマンガの中で、当時、恐怖マンガが流行っていたと思う。
マイブームかもしれないんだけど。

世間一般で知られる死後の世界ではない世界を教えてくれた黒田氏の
マンガの一場面が今でも目に焼き付いている。残念ながらタイトルはあやふや。

わかりやすくピラミッド型に当てはめ、今の現世、霊界の位置関係を図式していた。
子供の私は素直にそういう世界があるんだ。
と、信じ込んだわけではないが一つの情報として知った。

そんな情報があってか、大人になってもポツリポツリと
そっちの世界、今でいうスピリチュアルな世界の話がどこからともなく
入ってきていた。

 ○  ○  ○ 

今から十年ほど前だったと思う。
ある日、トイレで用をたしてた。

ふと、自分がこうして自由に用を足すことなく
例えば、病院のベッドで色んな管を体中に通す状態でいるかもしれない。

という思いが浮かんだ。
それは、今でも何度も思いだす。

かすかにビジョンも浮かんでいたと思う。

そのビジョンと言うのは
感覚だけで映像としてではない。

ただ、そう思うだけなので妄想かもしれないんだけど。


・・・私の世話をしている人はぶっちょうづらでいやいや排泄の
世話とかしてるような・・・・感情が見えるというか感じていた。

ああ、そんな自分も、もしかしているかもなあなんて思いながら
トイレの水を流した。


 ○  ○  ○ 


ほんでもって、ここ最近、many world というか
パラレルワールドの話が出てきてる。

ああ、ここに情報はつながっていたんやなあと今、思うわけでして。
そんな瞬間はそこかしこに思いだせばあるわけなんやと感じる。


そういや、あったなこんなこと。
1999年の恐怖の大予言。
小学生のころはほんとに、得体のしれない恐怖の大魔王が降ってくるなんて思ってた。
なかったけど。


その時に、2000年問題とかで
世界中の電子機械系統がストップするやらなんとかあった。

結局、なんともなかった。

でも、ふっとした瞬間に、自分の意識が少しずれたというか揺らいだような
感覚があったような気がする。これも気のせいかもしれない。
ちょっとそんな気がする。

これは、マサトCDの Masato in Tokyo のCDの内容にあったことで、思いたることもあるのだ。

魂が同じだけど、色々なところで色んな経験、体感、感情の経験値を重ねる。
堆積していく経験は、どんな良かれ悪しかれなものでも愛おしい物に変わるんだ。


不本意なことをされた上司だって、愚痴ばっかり言ってた同僚だって
嫌な患者さんだって、お局さまだって

ほんと大事な経験の積み重ねなのだと大好きなウルフルズの曲に気づかされる。



動画のページ→ http://www.youtube.com/watch?v=w9nhkIHeNao





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