ズニアイト

ズニアイト という石のコト

【Zunyite】
ズニアイト

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和名「ズニ石」

ズニアイトは、弗素の含有された熱水の交代作用を受けた堆積岩中や火山岩中から
産出する鉱物で、主成分はケイ酸、アルミナ、水酸基、弗素、塩素です。

等軸晶系の正四面体結晶で発見されることが多く、一つ一つは微小ですが
よく群生し、時にはズニ石岩と言えるほど集合するものもあります。

色は、無色や灰白色、淡褐色などのものがあり、その色や形、生成条件などが
よく似ているものにトパーズがあり、共産もします。

耐火物の原料用として採掘される「ろう石」に、この鉱物も含まれています。

名称は、主産地のアメリカ、コロラド州のZuniの地名にちなんで命名されました。

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創造、理想、寛容を説く鉱物とされています。

悲しみやさびしさ、悔しさなどの苦難に負けない強い精神力を養い、穏やかな
気持ちになれるよう導く力があるとされています。

感性が研ぎ澄まされて自己表現が上手になり、心に描いたイメージを
現実のものに形作ることができるようになるそうです。

耳や目、消化器系の病気の治療に用いられたほかに、肌を滑らかに
する働きがあると言われていたそうです。

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*職場のこと*

職場である病院は大本となる院があって、そこを創設者の3名の上司が本社と呼ぶように言っている。
この時点でなんだか変だな~と思ったのだが
病院を一個の会社として考えているらしいので、そう呼ぶのもおかしくはないのだろう。
私や同じ職場の者たちは時折、発現されるその上司たちの行動を「変」と言っているのだが。

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その本社の下に、8つの院があり、私はその中で最西端の院で受付をしている。

毎年、年末には本社と呼ばれる住宅街のど真ん中にある病院に一堂に会して労う会を開く。
私は勤めて5年ほどになるのだが、毎年、なんでいかなあかんねん。と思っていた。

そこでは私はお肉には魅力を感じる年ではないので、別に~って感じなのだが
豪勢に良いお肉をふるまってくれる。
しかも、路地でバーベキューです。
寒風吹きすさぶなか、煙モクモク上げーの、焼き肉や焼きそば、トン汁も従業員にふるまわれる。
そして、酔っ払いが道路で騒ぐ・・・近所迷惑であり、恥ずかしいと思っていた私。
その場にいたくない気持ちもある。

でも、今まで周りに逆らおうという気が起きず、不満ながらも二時間ほどかけてそこへ出向いていた。
まったくもって時間とお金の無駄なのだ。

そして、そこに行って楽しいかというと100分の1しか楽しくはない。
昔世話になった先生に会えるというだけだ。
それから、その場へ行くと必ず、気分が悪くなりぐったりして帰るのだ。
ほんとに「お疲れさん」の状態になる。
先生たちはやはり患者さんの顔色や肌質からいろんなものを感じ取ったりする職業柄、
感受性の高い人も多々いるので、そこに反応がおこる。

いろんな人が集まるから人に酔うというものなのだろうが
これも行きたくない理由のひとつなのだ。

そこへ費やす時間があれば、アクセサリーを作っていたい!!!!
一日中、アクセサリーを作っていたいと思うんですけれども。

と2012年は思うようになり、昨年末の労う会は理由を作って辞退させてもらった。

もう、どう言われようが構わない。
私は行く意味と価値を感じられない。
価値を感じられないものに時間やお金を費やすことが、ちょー無駄に思えた。

そこまで思うまで何年かかったことか。
本社の上司達は「労う会」と称して、ここへ来たものは称賛に値する、そうでないものはダメ、と口には出さないが評価する。
ということをひしひしと感じる。それってどうなん?

辞退する旨を伝えた時、職場の院長は、「従業員を労う意味があるのだから(本社が予算を組んでせっかく用意してくれている行為を
無駄にしてはダメだ)行かなくてはならない。」
と、こんこんと言っていた。
「でもまあ、僕は個人としては個人の意思を尊重するから強制はしないけど
やっぱりせっかく用意や準備をしてくれているのだから行ってほしい。」
とやはり会社サイドなのだ。

こんな風に思っていた私に倣い?、学生のA君と言う子も自分も行くことに果たして
意味があるのかと疑問に思うので、辞退させてもらったと。

若くして勇気ある行動をとる。自分を貫く潔さは見習いたい。

私はお正月休みの間、今までの胸のつかえもなく、
アクセサリーを作成する有意義な日々を過ごせた。
もっと早くにやっておけば良かったが、
やはり期が熟さないとできないものだろう。

       ◇    ◇    ◇   ◇    ◇    ◇    ◇

と、それから年明けの初出勤の時に、その労う会に行った社員のF先生から
社長であるM先生が「『毎年、ゆずかさんは来てくれていたのに、今年は来ないのか。
さびしいなあ』って言ってましたよW」
と聞かされ、「わたくしめなどにそんなことはおっしゃらずに、ほんとお構いなく」と返した。

私は会社に変な義理立てしたり、人目を気にして会社優先にするよりも
それより自分の気持ちを大事にしたいと思った。


そして、F先生から「去年末の労う会であの場所で催されるのは終わりだそうだよ。
本社である院の売り上げがあまりにも低すぎて、本社の院を切り離すそうだ。
なのでこれからはあの場所で催されることはない。」
名ばかりの本社であった。ハリボテのような崩れやすい会社なのだ。
一つの形の終焉のような気がした。

今までの創設者たちが良きものとしていたものが崩れていく。

医療従事者という職業であっても目指すところが違ってきたから、
当然ではないだろうかと思う。

ということは私は次の職場をチラッと探しておかないとな~と
リクルート雑誌を手に取った。

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