プライセイト

プライセイト という石のコト


Priceite
プライセイト

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プライセイトは頁岩中からコレマナイトやセレナイトとともに発見される鉱物。

三斜晶系に属しますが、顕微鏡下で認められる結晶のみで、扁平な粒状や時に
58°の角を有する菱形などが知られています。
しかし、この他の大半のものは団球状や不規則な塊嬢などで産出します。

色は白色で、土状の光沢があります。

名称は、アメリカの治金家T.Priceの名前にちなんで命名されました。

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忍耐力や辛抱強さを授ける鉱物。
独自に持っている感性を引き出してより高いものにし、それらを使って
行う芸術的表現が多くの人々に支持されるよう導く力があると言われています。

知能を高めて勉学における達成感が得られるよう促す働きがあると伝えられています。


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先日、連休があり、その前に当日はあれこれしようと楽しみにしていた。

連休の一日目は長らく読んでない本を大量削除し、書類など紙類を処分。
その後、衣替えもかねて着なくなった服を袋に詰めて、大掃除に移る。

一心不乱に片付けるって気持ちいいですね~。
でもまだまだ片付け足りない気持ちが残る。

片付け途中のホコリのせいで鼻にアレルギーを起こす。
ムズムズしながらも片付け続行・・・しながら途中、雑誌の切り抜きを読みふける。

そんなこんなでその日一日は暮れていき、先にやらないといけないことを
「また後でやろう」と後に回していた。
これも罰当たりの行為だと思う。

その日、娘がアルバイト先でお刺身を分けてもらってきたからと
22時を回った頃帰ってきた。
早速、お刺身をいただく^^

マグロ、サーモン、タコなどあった中、2センチ角程のマグロの切り身を
口に入れた瞬間、「あれ?臭いな・・・」と思ったが飲み込んでしまった。

多分これが引き金になった模様。

翌、早朝3時半に痛みで目が覚める。こ・・・この痛みは食あたりだ・・。
以前も同じような痛み方で食あたりを経験していたのだが
人間ってアホですね、学習できていませんでした。
臭のあるものは食べない!これが出来ていませんでした。

この痛みに苦しむこと6時間後、ようやくかかりつけの内科に到着。
点滴を打ってもらい少し回復。ありがたい。
連休は食あたりのため、寝て過ごすことに。
あれもこれもしたいと思っていたが、やれるときにやらなきゃだめだと
いうことを体を持ってわかったということだった。

ただ起きて家事をするには体力が落ちすぎていたので横になることを決め、
片付けしていた時に見つけた2年ほど前に買ったまま読んでいなかった本を読み始めた。

         ◇     ◇    ◇    ◇    ◇    ◇

その本が「『「大いなる光』から人類へ」。

読み進めていくうちに気付いたことがあった。
その本の内容は私が小学生の頃、足繁く通っていた貸本屋さんに置いてあった
「黒田みのる氏」の「死神少女」にほぼ書かれていた…ような気がする。
タイトルはうろ覚えだが、映像として鮮明に脳裏に残っている。

そこには霊界の仕組みや死後の世界の様子が描かれていた。
子供心に今まで描いていた地獄と天国だけの霊界でなく、
幾層にも存在する霊界がそこにはあったことに驚きを覚えた。


当時、怖い漫画が流行っていたこともあってか、
私は古賀新一氏の「エコエコアザラク」などを読んで怖がったり、面白がったりしていた。

その頃に発刊されていたと思うのだが「ムー」や「ニュートン」の科学や不思議雑誌にも興味を持った。

その貸本屋さんの仕組みは一冊確か20円ほどで借りることができた。
少ないおこずかいのほとんどをそこに突っ込んでいたという小学生時代。
実に楽しかった。
貸本屋に行くとおばちゃんはよく、机に突っ伏して昼寝していた。
おばちゃんを起こさないよう静かにガラスの引き戸を開けるも、
建て付けが古くなっているので「ガラガラガラ」と呼び鈴のごとく音がする。
その音に目を覚ますおばちゃんに挨拶し、今日はどれを借りようかと探すのが楽しみだった。
もちろん、本屋も兼ねていたらしく現在発売中のものも販売していた。


さて、霊界の仕組みについて、黒田氏の漫画に書かれていたことは、
死んだあとどうなる、霊界はこうである、指導霊がいてなどなどが描かれていた。
信じ込んではなかったと思うが、小学生にしてはそれをすべてのように思っていなかった。

世の中の目に見えない世界ってこんなんなんやなぁ、と納得していた。





「『大いなる光』から人類へ」によると一人の人間の後ろにたくさんの魂が連なっているらしい。
私が思っていた魂のことは分霊と言って自分に関係している先祖や
昔お世話になった、また、お世話した魂などが守ってくれているというもの。
それは数年前に高野山に行った時に身を持って知ったことだ。

本によると実は生まれてくる時に一緒に
その各々の魂の持つ業を解消するために付き添ってきてくれるらしい。

最初、なんで知らない人の業まで解消せにゃならんのだ?と思ったのだが
よくよく考えてみれば類は友を呼ぶという法則でその魂さんにも私にも
解消すべき業が類似して持ち合わせているってことなのだと思い直した。

そう思うとなるほど、じゃあ、私がしっかりせんことには
後の魂さんたちも、自分も同様にがっくりなるってことだよね。

という結論に達した。

私の持つ魂のカリキュラムがよくわかっていないが、わかっている限りのことをやってみたいと思う。

カリキュラムと違う場合はきっと、それちゃう!と教えてくれるだろう。




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