サルファー

サルファー という石のコト

サルファー


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サルファー「硫黄」には、斜方硫黄と単斜硫黄とがあり、前者は95.5℃で後者に
変り、後者は120℃で溶融します。

火山の火口や温泉の噴出孔付近などから
産出し、また、湯沼の中に沈澱して沈澱硫黄となって、多孔質の母岩中に吹き込
んで交代鉱床を作ったりします。

天然産のものはほとんど斜方硫黄です。
四角推形の結晶で、錐面は大体段階状になっています。
くぼみができやすく、その他には塊状や腎臓状、鍾乳状、粉状などで発見されます。

色は黄色のものが普通ですが、中には、橙黄色または橙色のものがあり、
これをセレン・サルファーと呼んでいます。
これは、含有されたセレンによってなる色だと思われていましたが、
含有量は極めて少なく、硫黄の変種とした方が良いという説も生まれました。
条痕は白色。
透明ないし半透明で樹脂光沢を持ち、ヘキ開は底面が不完全で、
断口は不平坦状から貝殻状を示します。

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『アラビア鉱物書』ではキブリートと呼ばれ、「金を薄く圧延し、硫黄と一緒に擦り、
火に入れて熱するとガラスが粉末になるように、金も粉末になる。・・・」と記述されています。

また、偉大なる医科学の父と呼ばれたパラケルススは、
この硫黄と水銀・塩を指して、三原質とし、
「万物はこの三原質を元にして成り立つ」と述べたと言われています。

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精神や感情の混乱を鎮めて、悪霊や夜の妄想から身を守る力があるとされ、
儀式や祭礼によく用いられたそうです。

古くは、カンシャクや片頭痛、卒中の発作に効果があるとされ、
他には皮膚病の治療に用いられたと言われています。


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先日、ずっと行きたかった、
天然石の展覧会・販売会の「京都ミネラルショー」に行ってきました。

JR京都駅から地下鉄に乗り、
地下から地上へ出ると、そこは別空間「京都」の町並みが広がっていました。
なんて、開放感!

山の緑は美しく、立ち並ぶ商店街や町並みは整然として、美しい。

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「理路整然」というのは、こういうことかもしれない。
統一感の美しさというのだろうか。

家屋の高さ、素材や色合い、道路も伸びやかで、そして、ゆとりある道幅。
目にした景色を一つの絵として想像上の額縁にはめ込んでみる。
空と家屋の比率の調和の良さは、とても美しく、
古の日本人の美に対する思慮深さに感銘を覚えた。

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このように脳内における思考も、
京都の町並みのように理路整然な状態であれば、と思う。


例えば、ある場所を説明するとき、そこは、
初心者(聞き手)にとっては全くもって、未知の場所だとしよう。

初心者に説明をする時、理路整然とした考え方を普段からしていれば、
相手の理解度を想像し、考え、説明ができるだろう。
なので、相手もわかりやすく理解までの時間も短い。

しかし、常に混乱した状態の脳内であれば、その者の説明を
聞き手が推測したうえで理解しなければならない。
聞き手に苦労がかかる。

それは、なんて不親切なことでしょう。

しかしながら、混乱した者はそれすらに気付かず、
相手が理解していようがいまいが、気にもならない。

そんな人が周りにいると、周りの者が色々と試行錯誤して、頭が鍛え上がって行く。
それはそれで、いい勉強になるのだが、たまったものではない。

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なぜ、思考の筋道が混乱しているのだろうと、考えた。
もし~だったら、どうしよう。という不安だったり、
人に何かを言われて自分が攻撃の対象になったら、嫌だと感じたり、
自分がミスをしたことをとがめられたくない、いつでも優秀でいたい、
などという不要な感情や妙~なプライド?がそうさせているのかもしれない、
と、思うのだ。

自分を守りたいがために、言葉で城壁を作っているから、
どんな時もついつい、言葉が多くなりがちだ。

で、結局、その人が説明したい事柄に到達するには時間がかかる。
とても時間の無駄のように思える。
かく言う私もそれは無きにしも非ず。
その人がそう言ったことをしてくれるから、わかるのだ。
ああ、私もそうだな、と。


そうならないためには、
自分の普段からこの考え方はどうやねん?と検証したり、
よく混乱しているこの方、お局さんに
今の言い方はまずかったんやないか?と、心の中でつっこんでみたり、
主語を言わないお局さんに、ちゃんと話を組み立てて
相手に話をしないと伝わらないよ、と、親切心でこう言う。

「は? なんのことですか?なにがどうしたんでしょうか?」と、くどいほど聞いているのだが、
いまだに治らない。どうしたもんだかね?


やはり、本人の意識の持ち方次第ということだろうか・・・・?







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